ミサイル弾道深読み

北朝鮮の弾道を読む

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第2章　太平洋デビュー前の一大イベント

　8 月9 日、北朝鮮人民軍戦略司令官は、中距離弾道ミサイル「火星12」を 4 発同時にグアム島沖 30 ～40 ㎞ の海上に打ち込む「包囲射撃」計画案を検討しており、「8 月中旬までに最終完成させる」と発表した。

 　8 月 10 日、北朝鮮中央通信は、司令官が「火星」4 発を同時に発射して、日本の島根、広島、高知県上空を経て米領グアム周辺30 ～40 ㎞ の海上に打ち込む作戦の検討を発表したと報じた。

　同通信によると、ミサイルは、3356.7 ㎞ を 17 分 45 秒間飛行する計画で、8 月中旬までに作戦案を完成させて金正恩朝鮮労働党委員長に報告し、「発射待機態勢で待つ」とした。

　日本政府は、11日、急遽、空自の PAC3 を中国、四国地方に配することを決め、11 日夜より順次展開した。

　筆者は、8 月 10 日（木）、翌々日（土）の「朝日テレビ」の「サタデーステーション」の録画のため同局で、ウォンサン（元山）から Guam に至る弾道について、取材を受けていた。また、「TBSテレビ」の「あさチャン」（17日放映予定）の録画のため、8 月 15 日には、同局で、ミサイルが、中国、四国地方を通過する場合の到達時間、通過高度などについて説明ししていた。

　8 月 15 日、収録が終わり、帰り支度を始めたとき、局スタッフのスマホに、「火星12 」の発射場所は「新浦」基地とのニュースが流れた。筆者は、自宅に戻るや、Google Earth 上の新浦基地の発射塔の足元にピンを立てた。

 

図2-1　新浦基地 図2-2　基地内の発射塔 図2-3　筆者
Hwasong-12_Shinpo_02_R Hwasong-12_Shinpo_03_R TBS_2017_08_17_R

　

　一方、8 月 15 日、北朝鮮は、労働新聞（電子版）は、「火星12」 による Guam 周辺への射撃の細部を紹介するとともに、金正恩委員長が戦略軍司令部で、シナリオの自作主演している姿を公開した。


図2-4  自作主演する金正恩委員長　① 図2-5   同　②
Kim_2017_08_15_01 Kim_2017_08_15_02


　この段階で、筆者は、Guam への発射試験は、無くなったと確信した。手の内を次から次へと見せたのは、最初から、Guam への発射試験は無理であり、発射する気などないからできたイベントにすぎない。

　しかし、できる限り、リアルに筋書きを進め、もし発射したとすれば、筋書き通りに、発射試験は成功するだろうと信じさせるに足るものでなければならない。

　その思いが、冒頭に赤字で示した 「3356.7 ㎞ 」と「 17 分 45 秒」に込められています。


２.1　小数点つき飛翔距離「3356.7」の謎が解けた

　図2-2「基地内の発射塔」で示したように、Google Earth 上の発射塔の足元にピンを立てて、次の座標値を得た：

　　　40°00'  38.20" N        128°08'  52.76" E
 
　一方、Guam 島アンダーセン基地のインターネト上に公開されている座標値は；

　　  13°34'  52" N              144°55" 28" E

　　　
これら2地点の座標値を筆者作成の「2地点の距離計算」に入力すると：

図2-5　「2地点の距離計算」ソフト：入力と出力
Range_calculator_01
Range_calculator_02


　出力は３種類あって、「直距離」は、地球表面上の2点を直線で結んだ場合の距離です。「Down Range」は、地球の地表面に沿って測った距離です。弾道ミサイルの射程は、「Down Range」です。「射程角」は、地球上の2点と地球の中心を結んだときの「中心角」です。なお、射程角の 1/2 を「半射程角」と呼びます。

　筆者の計算結果は、上の図の出力（Down Range）= 3356, 5　[㎞] である。この値は、北朝鮮が、8 月 10 に発表した値（3356.7 [㎞]）とわずか 0.2 [㎞]しか異ならない。両者の差は、わずか 10 万分の 6 （0.006%）である。

　計算結果に及ぼす影響は3つある、①発射地点（新浦基地）の座標値、②到達地点（Guam アンダーセン基地）の座標値置そして、③距離計算ソフト である。

　この3つのうち、② は、公表されている座標値であるから共通であろう。③ の距離計算ソフトについては、筆者のソフトは「理科年表」を参考に C 言語で作成し、ホームぺージにソースコードを示してある。＜Range.C＞

　このソフトは、現在、図2-5 に示したように、Excel 上で計算できるように改良してある。この機会に、理科年表をもとに精度をチェックした。その結果、精度は、距離 2000 [㎞]台まで、0.007 %、4000 [㎞]台で 0.02% であった。

　北朝鮮がいかなる計算ソフトを使用したか不明であるが、筆者のソフトと同程度と思われる。問題は、① の発射地点の座標である。小数点以下一位まで示す意味がどこにあったのか。それは特定のポイントを示したっかったのである。どこから発射するのかと問われれば、「この発射塔です」と具体的に応える。このイベントの脚本は、あくまで、リアルにイメージアップできるようになっていて、その結果が飛翔距離に反映されているのである。

　しかし、日本はおろか、世界中を探しても、そこまで追及してくれた人は、何人いたのであろうか。もし、北朝鮮があの発射機の座標値を使て計算したとすれば、筆者の計算ソフトの精度は、北朝鮮から認められたことになる。



2.2　飛翔時間「17 分 45 秒」（1065 秒）の弾道はいかなる弾道であるか

　第1章で説明したように、弾道は、最少エネルギー弾道（MET)= 到達点至る弾道の中で、最大重量の弾頭を運べる弾道を基準に「Lofted」及び「Depressed」弾道に区分される。

　Guam （射距離=3356.7 [㎞]）に到達できる最大弾頭質量は、図1-1「弾頭質量に対する最大射程」から、「1023 [㎏]」と求められている。なお、この弾道（MET）の飛翔時間=1051 [s]、最大弾道高= 617 [㎞]である。

　最少エネルギー弾道（MET；緑色のグラフ)の飛翔時間=1051 [s]に対して、飛翔時間（1065 秒）の弾道は、飛翔時間が、14 [s] 多いから、MET の上側に位置することになる。その様子を下図に示す。

図2-6    新浦から Guam に至る「火星12」の弾道
Hwasong-12_Aim_Shinpo_Guam

　上図に示したように、北朝鮮が飛翔時間「17 分 45 秒」（1065 秒）をもって示した弾道は、MET に近い弾道、筆者のシミュレーション誤差を考えれば、MET そのもであったとみなして良いだろう。

　MET は、到達点に最大質量の弾頭を運べる弾道であるから、攻撃にあたっての基本の「キ」である。まさしく、優等生の解答である。金正恩委員長の「どうだ分かったか」という面目躍如たる姿が目に浮かぶ。

　しかし、メッセージは、弾道に込められている。せっかくメッセージを出しているんだから、正確に読んであげるのが礼儀だろう。技術そのものには、敵味方はない。

　新聞を含めて、マスコミは、そこまで詰め寄って、読者や視聴者に正しい情報を提供する責任があろう。

　上図の弾道の細部データを下表に示しておきます。

　左欄の「最大射程のの特性」は目標なしに自由に飛翔させ場合の最大射程です。　　　　　　

　 「新浦～Guam」 に至る弾道 最大射程の特性
№ 取り上げた弾道 距離
[㎞]		 時間
[s]		 最大弾道高
「㎞」		 弾頭質量
「㎏」		 最大射程
「㎞」		 飛翔時間
[s]		 最大弾道高
[㎞]
1 北朝鮮が発表した弾道 3356.7 1065 648 2016 3377 1046 608
2 最大ペイロード弾道 3356.7 1049 613 2023 3356.7 1049 613
3 比較のための弾道 3356.7 1220/912 888/407 900 3580 1083 640



　
　TBSテレビ局スタッフとｎ雑談の中で、筆者は、早晩、北朝鮮は、弾道ミサイルの発射試験場を太平洋に求めるだろう。その方策の一つとして、Guam 周辺に対する「火星12」の発射試験は、① 太平洋への進出と ② Guam に対する圧力と、一挙両得の策でアイディアとしては、出色のできであるが、米国の庭先に弾を打ち込むなど、可能性はゼロである、と述べ、津軽海峡ーハワイ・コースを示唆した。

　太平洋デビュー前の Guam 周辺発射試験の一大イベントは、新浦基地のこの発射塔から、最少エネルギー弾道（MET）をもって発射すというリアルなシナリオを示すことによって、もし実行すれば、成功するだろうというイメージを世界に与えることをねっらたものである。

　




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