第3章　「標準大気中」 における弾道

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　前2章では、二つの弾道空間モデルを使って、Iskander の弾道を分析したが、短距離弾道ミサイルのため、両モデル間で大差はない。

　そもそも、この分析のきっかけは、news.yahoo.co.jp の記事に：「水平距離420 ㎞、最大到達高度 50 ㎞ の弾道ミサイルなら、打ち出し角度が約 20 度のディスプレスト軌道となるので、最少エネルギ軌道で飛ばした場合は、水平距離 600 ㎞ を超える大射程を有していると推定できます」が目についたからです。

　第3章では、標準大気　における Iskander の弾道を分析します。標準大気で、ミサイルの運動に直接作用する空気密度が重要です。

（１）空気密度

　　下図に、標準大気の高度対大気密度を示しす。

図３－１

• 主要高度における大気密度（ρ[㎏/m³]）、密度数値の末尾赤字は、10 の指数

  • 0 ㎞：1.2250+0 ,　10 ㎞：4.1351-1, 　20 ㎞：8.8910-2 ,　50 ㎞：1.0269-3

  • 高度 50 ㎞ の密度は、高度0 ㎞ の概略千分の１である。　

• 空力係数　空気密度をρ。対気速度をVとすると、動圧（空気流のエネルギー）q は、

  • q  =  ρV² / 2、　抗力 D = q・C_p・S、　揚力 L = q・C_L・S　　…C_p抗力係数　、C_L揚力係数

  • 初速1,000 m/s、射角45°の弾丸；真空中射程；約100㎞、空気中射程：約 30 ㎞（約1/3に減少）

（2）Iskander 短射程弾道ミサイル

　　① 外観: （飛翔間、機体は分離することなく一体として運動する）

図３－２

②諸元

• 発射質量 ： 3,800 ㎏    全長：7.2 m    直径：　0.95 m　弾頭質量：480 ㎏

• 最大射程： 450 - 500 ㎞　　最大弾道高：5

（３）弾道の事前検討

　　① 質量構成：発射質量 3,800 ㎏　空虚質量 800 ㎏　推進剤質量 2,520 ㎏　弾頭質量 480㎏

　　② 比推力(Isp) 280 s（over estimate）  燃焼時間( Burn Time；BT ) 25 s

 　  ③ 燃焼完了時点の推定速度増分　ΔV

•  発射質量 m_o = 3,800 ㎏　　燃焼完了時の質量 m_f = 発射質量 - 推進剤質量 = 1,28

• 質量比（MR: mass ratio）MR = m_f / m_o = 0.3368

  • 速度増分　ΔV _{= Isp ‣ g ‣ ln(1 / MR ) = 2986 m/s =} 2,986 ㎞/s

  • 30～20% の速度損失を見込むと、ΔV _{≒ 2,1 ～ 2.4 ㎞/s}

（４）パソコンを走らせてみる

① 射程 420 ㎞で、最大弾道高 50 ㎞ の弾道を追及する

• 弾頭質量を 480 ㎏ から 100 ㎏ 刻みで減少させて、PC をランさせて弾道のデーター（飛翔時間、射程、高度、加速度、速度）を求めた。

• 弾頭質量 = 0 ㎏ になったときの、最大弾道高は、57 ㎞ である。下図の Depressed 弾道 ① を参照。

• Depressed 弾道に対応する Lofted 弾道 ③ の最大弾道高は、476 ㎞ である。

② 射程 420 ㎞ の最少エネルギ弾道（MET）を求める。

• 弾頭質量を可変として、他の質量構成を固定して、弾頭質量に対する最大射程を求める。

• 弾道ミサイルは、発射の当初、垂直に打ち上げられ、BTの間、射線方位に向けて倒されていき、射角（Loft Angle）が決まる。このとき、倒していく角速度（Loft Angle Rate）も射程に影響する。

• プログラムを最大射程を求めるモードに設定すると、「Loft Angle」と「Loft Angle Rate」をパラメータとして、射程を最大にする線形計画法に基づいて、解を求める。

• 最大射程が、420 ㎞ なったときの弾頭質量は、668 ㎏ で、その弾道を下図 ② 「MET」 に示す。

図３－３

　　　　③ 弾頭質量 480 ㎏（既定値）及び 240 ㎏ の弾道（EMT）

• 弾頭質量 480 ㎏ 及び、その半量の 240 ㎏ の場合の最大射程の弾道（最少エネルギー弾道；MET）を、上図の ④、⑤ に示す。

（４）考察

　　    ① 真空中質点弾道と大気中実弾道：質点弾道では、所要速度は、数学的に求まるが、実弾道では、取り敢えず質量構成から決定し、PC を走らせて決めていく。射程 420 ㎞ で、最大弾道高を 50 ㎞ に抑えるには、所要速度は 2.7 ㎞/s 程度になり、質量構成上、実用的に弾道ミサイルにならない。

       ② 操舵翼による低空飛翔弾道の保持；高度 10 ㎞ 付近を 0.8 マッハで巡航飛行する航空機と、高度 50 ㎞ 付近を 速度 2 ㎞/s で飛翔する弾道ミサイルの動圧（大気密度 ρ ×速度 V の二乗）を計算すると、弾道ミサイルは、速度度で約 7 倍、大気密度が約 1/400 であるので、受ける動圧は約 1/8 にある。

　　　　③ 速度特性；下図に弾道の速度を示す。  低高度高速の弾道（Depressed） ① は、Burn Time (25秒) で最高速度（2.637 ㎞/s） に上昇し、高度 17.6 ㎞ に達し、120 秒後に最高点 56.9 ㎞ に至って、速度を 1.963 ㎞./s に下げ、その後、190 秒まで重力により下向きの速度が増し、速度 2.033 ㎞/s 、高度 34.8 ㎞ に至り、速度が減少に転じ、最終速度 0.423 ㎞/s で落達する。

　　　　④ 空力操舵を付加した弾道；上述した弾道は楕円軌道としての弾道であって、Iskander の弾道に適用するには限界があることを示している。Iskander は、INF 条約で規定された最大射程 500 ㎞ 以内で、50 ㎞ 以下の高度を維持して「Quasi-ballistic Trajectory」（準弾道軌道）を飛翔する機能を有している。

図３－４

表3

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